ソワレが要らないフランス暮らし

フランスに行くのならソワレ(イブニングドレス)が必要? いえいえ、ここは長靴がいるんですよ。。。ぼーっとしたフランス人の旦那と倍速で動く息子と可愛いにゃんこ達との日常。

カナダ

どうしてフランス語を?(4)

一か月前、涙のお別れをした友人たちと笑って再会し、久しぶりに歩くモントリオールの町は楽しくて仕方がありませんでした。

その時初めて、「この町の人達が話す言葉が分かるようになりたい。そうだ、フランス語を勉強しよう。」と思いました。(いつも唐突です。。。)

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8月はYMCAが難民を対象に行っていた無料のフランス語講座に参加しました。そして9月からはマックギル大学のフランス語の語学コースに入りました。

マックギル大学の語学コースのクラスメートの国籍は、アメリカ、イギリス、カナダ、スペイン、メキシコ、ドミニカ共和国、コスタリカで、英語圏の人達が4人もいたことに驚きました。

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私たちの基礎コースは、本当に基礎でしたので、先生も英語で説明してくれるような状態で、休み時間はクラスメート同士英語で会話をしていました。私が望んでいた「英語圏のネイティブと話す。」という環境は意外なところでかなったのでした。。。

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私が特に仲良くなったのは、イギリス人とスペイン人で、授業が終わった後も休日も一緒に過ごし、レンタカーを借りてあちこち旅行したりしました。お陰で、フランス語の語学コースが終わる頃には、フランス語ではなく、英語が話せるようになっていました。

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というわけで、長くなりましたが、私がフランス語を始めたのはこんな理由で、カナダのモントリオール市だったのです。フランス語自体は話せるようになるには、帰国後に京都日仏会館に通ったり、もう一度モントリオール市に渡ったり、添乗の仕事でフランス語を使ったり、旦那と結婚してからで、実に長い長~い年月がかかっております。。。(フランス語と相性が悪いのかもよ。。。うふふ。)

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では、明日からはまた普通のお話しです。お付き合い頂きありがとうございました。

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どうしてフランス語を?(3)

続きです。

留学は大学に編入する正規入学と、大学付属の語学コースやランゲージスクール(語学学校)に通う語学留学とに分かれると思います。

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外国の大学に編入するのには、現地の学生たちに混じって同レベルで授業を聞いて、意見をたたかわせ、レポート作成できる力が必要です。

カナダの西部まで移動して私が選んだのは編入ではなく、大学付属の語学コースでした。案内書に「大学の授業を受講することも可能です。」と記載してあったので、編入は無理でも少しでも現地の人と同じ授業が受けれるならという気持ちからでした。

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しかしながら実際は、大学に付属していても、大学へ行くための語学準備コースではなく、一般に向けて公開されている語学講座のようなものでした。授業料は安かったものの、クラスのレベル分けが無く、日本人ばかり集めた大人数クラスで、生徒の興味を引くような授業ではありませんでした。

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私はモントリオール市ではランゲージスクールに通っていました。学校はアットホームで授業は少人数制。先生と一緒に色んなテーマで討論し、教室を出て街中やモントリオールの丘を散策しながら勉強しました。また学校全体で首都のオタワ市、トロント市、ナイアガラの滝、ケベック市、メープル街道へも足を延ばしました。

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目に触れるもの全てが新鮮で驚きの連続でした。ネイティブと触れ合う機会は少なくても、様々な国の人達と話すことができ、違った文化を知ることができました。

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次第に(モントリオールに戻りたい。。。)と思うようになっていきました。20人中18人も日本人がいるクラス、家に帰っても日本人のハウスメイト。全くの田舎で周囲には店も無く、学校以外で家の外に出ることがない閉塞感。

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一か月が経った頃、「とにかくモントリオールに戻ろう。ネイティブと触れ合えなくても、今の状況よりは絶対ましだった。」と決心し、8月に再びモントリオール市の地を踏んだのでした。

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続きます。

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どうしてフランス語を?(2)

一昨日からの続きです。(どこでどうしてフランス語←クリックで記事に飛びます。)

フォーミュラワンのカナダグランプリも終わり、私にとって何が何でもモントリオール市に住み続ける必要は無くなりました。

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大学に入学したり編入する気(実力もね。)はありませんでしたが、英語圏にさえ行けば、生活をする上で英語が身につくのではないかと、(英語圏のネイティブと話したい。)と今度はカナダの西への移動を決意しました。

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そしてカルガリー市から更に奥地へと入り、大学付属の語学コースに入学し、一般家庭にホームステイさせてもらう生活が始まりました。

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ホームステイと言うと暖かいイメージがあるかと思われますが、外国人との交流を楽しむことを目的とした家庭と、生活の収入源として受け入れている家庭とに分かれています。私の場合、残念ながら後者で、もう一人ホームステイしている子も日本人でした。

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仕事をリタイアされたカナダ人のご主人と、随分と年下のアジア系の奥さんの家庭で、小学生の男の子と女の子、小型犬が2匹いました。奥さんが夜働いて、ご主人が家事と留学生の担当でしたが、奥さんは終始不機嫌でご主人を老人扱いして罵り、子供たちはそのストレスからか飼っている犬達を酷く苛めていました。食事を共にすることもなく、皆がバラバラに暮らしていました。

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これがドラマだったりしたら、子供たちと仲良くなって家族を一つにする手助けなんかをして、広大な山々を背景にピクニックしてハッピーエンドかもしれませんが、実際には犬がキャンキャン鳴いて、子供たちが私たちの部屋のドアを「出て来ーい!!」とガンガン蹴るので、もう一人の日本人の女の子とドアにカギをかけて閉じこもっていました。

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家は町から離れたところにあり、ご主人の運転する車で学校に送迎してもらっていましたが、その学校もクラスメート20人のうち18人が日本人でした。。。

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(えっ、私、どこで英語を勉強するの???)日本を離れて4か月、現実は理想からどんどんかけ離れていき、ますます気が焦る一方でした。

続きます。

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どうしてフランス語を?(1)

昨日の記事、「どこでフランス語を?」の続きです。(クリックで記事に飛びます。)

フランス語圏に飛び込んでしまった私ですが、大学の第二外国語はドイツ語、第三外国語はロシア語で、フランス語は全くもってさっぱり分かりませんでした。

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学校の紹介でYMCAを宿泊先としていましたが、YMCAは難民や薬物中毒更生者を受け入れていたので、朝、夕の食事時は赤ちゃん連れの大家族が何組もいたり、虚ろな目をした人達がいる今までに見たことがない光景でした。日本人が4人いたのですが、学校が始まるまでその存在に気が付きませんでした。

外に出ればフランス語、中は異様な世界で、一気にホームシックになった私は親に電話をかけまくりました。その時の私はフォーミュラワンのレースを見たら日本に帰ろうかと思っていました。母親も私に帰国を促す手紙を何通も送ってくれたそうですが、私が部屋を変わった為、その手紙は届かずじまいでした。

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でも一週間ほど経った時、YMCAのエレベーターで日本人に会えたり、隣の部屋のイタリア人の女の子と仲良くなったり、学校が始まったりしたので不安は一気に消えていきました。

一方、語学学校が始まり試験を受けたところ、一番上のクラスに入ってしまい(文法のテストですからねぇ。)、一年の予定が三か月で終了してしまいました。
「あれ?私、英語のレベル、全然変わってないのに。。。」

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外国に留学したからと言って英語が話せるようにはなりません。

大方の時間を過ごす学校で出来る友人はブラジル人、メキシコ人、台湾(中国?)人、ドイツ人、インド人、フランス人等の英語圏以外の人達でした。どうしても食事や休日は日本人で固まってしまいます。キリスト教の団体が企画してくれる遠足等も、参加者は英語圏以外の人達でした。

実際に英語のネイティブと接する機会は本当に僅かでした。しかも住んでいたところは英語圏ではなくフランス語圏。。。(本当に大バカ)

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時間も予算も限られた中、なんとか成果をあげたいという焦燥感が襲ってきました。

続きます。

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どこでフランス語を?

クリスマスマーケットで甘いメープルシロップの飴をなめて以来、心は時々カナダに飛んでいます。

私は1年と2か月くらいカナダのケベック州、モントリオール市に住んでいたことがあります。

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大学を卒業して商社に勤めて3年、会社から帰るのは終電、土曜日は半ドンでしたが、そのまま居残って仕事をしていました。女子社員には「朝のお茶くみ、机拭き当番」もあり、会社の守衛さんに「もう、戻って来たんか?」と言われる始末でした。日曜日は疲れてしまって、起きると夕方の4時を過ぎていることもしばしばでした。

そんな私に母が、「若い時は二度とやって来ないのよ、勿体ないわ。このままじゃ身体を壊しちゃうわよ。」と言いました。(両親に感謝です!)

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職場の上司を尊敬(まっ、嫌な人もいましたが、それはどこでも同じですよね。)していましたし、仕事が大好きでした。でも、営業アシスタントとしてではなく、いつか自分の言葉で直接相手と話して仕事ができるようになれたらいいなと思っていました。

それならここで一旦仕事を辞めて、大学で学んだ英語をもっと磨こうと思いました。

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留学先を決める時に、「どうせなら」と思ったことが一つありました。
その頃の私はモータースポーツのフォーミュラ1が大好きで、アイルトン セナ選手の大ファンでした。でも当時は(今もですか???)大変な人気で、鈴鹿サーキットの観戦チケットを手にすることはできませんでした。

なので(なんとか試合を目の前で観て見たい。)という気持ちから、F1サーキットに近い学校を探すことにしたのでした(本当に勉強する気があったのか?)。
そして決めたのが、「地下鉄で行けるサーキット」と書いてあったジル ビルヌーヴ サーキットがあるカナダのケベック州、モントリオール市でした。

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ガイドブックには「モントリオールはカナダにありながらフランス語圏で、街中でもフランス語が聞こえます。。。」と書いてありました。これを読んで私は、「カナダは英語圏だし、『フランス語が聞こえる。』って言っても、フランス語を話す人も中にはいる。」ということだろうと理解しました。

そして、ニューヨーク市を経由してモントリオール市に入った私は、衝撃を受けたのでした。
(えっ、フランス語が聞こえる程度ですって???)

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町の看板も、道行く人達の話す言葉もフランス語でした。。。
それでも翌日、ジル ビルヌーヴ サーキットに行き、まずはF1グランプリカナダ戦のチケットを入手したのでした(←お馬鹿
)。でもこのチケットが、後に襲ってきたホームシックから逃げ出さずモントリオール市に残る砦となったのでした。

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続きます。

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フランスの雨が多いブルターニュ地方に住んでいます。ボーっとしたフランス人の旦那と倍速で動く息子と猫5匹、畑のど真ん中からつぶやきます。
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